打楽器

ベートーヴェンとティンパニの革新

古典派ティンパニといえば、主音と属音で和声を支えるのが当たり前でした。 ところがベートーヴェンは、その常識を打ち破っていきます。 今回は、第九第2楽章までのティンパニ・パートの変遷について解説します!

1. 古典派におけるティンパニの役割 ─ 主音と属音の伝統

ティンパニは、18世紀から19世紀初頭の古典派音楽において、オーケストラの中で調性感を強調する役割を果たしてきました。その特徴を押さえながら、ベートーヴェンがどのように伝統を変化させたのかを見ていきましょう。

まず前提として、ベートーヴェンを含む古典派の作品では、ティンパニは2台の楽器を使い、その曲の調性の主音と属音を演奏するのが一般的でした。

  • ハ長調の場合:「ド」と「ソ」
  • ニ短調の場合:「レ」と「ラ」

この原則は、古典派の作品において広く遵守されており、ベートーヴェンの交響曲でも第6番まではこの伝統が守られています。

2. 変化の始まり:ベートーヴェン第7番 ー「第3音」への驚き

ベートーヴェンの交響曲第7番で、ティンパニの使い方に大きな変化が見られます。 具体的には第3楽章において、ティンパニには「ファ」と「ラ」の音が指定されました。

  • 「ファ」=主音
  • 「ラ」=第3音

この指定は当時としては非常に異例であり、初演時のティンパニ奏者は驚いたことでしょう。従来の伝統から大きく踏み出した瞬間です。

3. 第8番:オクターブでの効果的な使用 ー主音のみのコミカルな魅力

続く第8交響曲では、第4楽章でティンパニが【1オクターブの「ファ」】にチューニングされます。

  • 低い「ファ」と高い「ファ」=主音のみ

主音のみの音が非常に効果的に使われ、楽曲の特徴を引き立てています。

4. 第九・第2楽章の挑戦的なティンパニ ー「主音」からの脱却

そしていよいよ「第九交響曲」の第2楽章です。ここでもティンパニは【1オクターブの「ファ」】を演奏しますが、第8番の4楽章とは意味が異なります。

  • 調性:ニ短調
  • 「ファ」の音=第3音

ティンパニが主音を演奏しないという点で、非常に挑戦的です。 そもそもティンパニが主音と属音を演奏するのは、楽曲の調性感を力強く支えるという基本的な役割があったからだと思われます。 そのため、第3音だけを演奏することで、調性感が曖昧になる危険もありました。 しかし、ベートーヴェンはあえてその『危うさ』を利用し、緊張感あふれる響きを生み出したのです。

なお、当時のティンパニにとって、最高音の『高いファ』と最低音の『低いファ』はまさに音域の限界。 またペダル操作で瞬時に音程を変えられる現代のティンパニと違い、ベートーヴェンの時代の楽器は手作業でヘッドの張り具合を調整しなければならず、高低2つの『ファ』を演奏するには高度な技術と経験が求められました。 このようにティンパニという楽器に新たな可能性を見出したベートーヴェンの発想力には驚かされます。

このような革新的な試みが、後の時代のオーケストレーションに大きな影響を与えたかもしれません。

5. ティンパニの音に注目して聴いてみよう

ティンパニが各曲の調性に対してどの音を演奏しているかは、ティンパニ奏者でなければ普段あまり注目されないポイントかもしれません。 しかし、ティンパニの響きがどの瞬間に強調されるのか、どのようにオーケストラ全体と絡んでいるのかに注目してみれば、新たな音の世界が広がるかもしれません。 例えば、実際に第九の第2楽章を聴く際は、ティンパニの『ファ』がどのように響き、オーケストラ全体にどんな効果を与えているかに注目してみてください。 ティンパニが放つ独特の緊張感や音のアクセントが、音楽に新たな深みを加えていることに気づくはずです!

時代を超えた音の冒険に、ぜひ耳を傾けてみてください!

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